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【アラベスク】  第13章 夢と希望と未来



第4節 初雪 [3]




「彼女の進路、モメません? 受験できるかしら?」
「できなければ卒業できませんね。まぁ、援助するなんて体制はこちらにはありませんから、受験できないのなら退学も示唆するでしょう。今までにもそういう生徒はいましたし。まぁもっとも」
 阿部はそこで首をまわす。
「それは三年になってからの話です。今はまだ二年生ですからね。彼女に大学受験の気が無いとしても、なんとかその気にさせるか、もしくはその気になるようこちらが言い続けていれば、浜島先生には何も言われませんよ」
 大学受験はしないとキッパリ言った生徒の顔をぼんやりと思い浮かべる。
 彼女の意見を、阿部は隠すことなく教頭の浜島へ報告した。報告するよう、浜島から指示されていたからだ。
 大学受験をするつもりはないらしい。
 そう告げた上で、だがまだ時間はあるからこれからゆっくり説得してみますと付け足した。
 そんな阿部の言葉に、浜島は肯定の態度も否定の態度も見せなかった。
 まったく、おっかねぇ教頭だぜ。
 抱える荷物を左腕にまとめ、右手でポリポリと頬を掻く。
「まぁ、悩むのは三年のクラスを受け持った先生ですよね」
「また阿部先生になってしまったりしてね」
「そうならない事を願いますよ」
 ハハハッと笑いを漏らし、ついでに大きな欠伸も出す。
「あら、月曜の朝からずいぶんと眠そうですね。ひょっとしてお願いしていた資料のせい?」
「あぁ いやいや、違いますよ」
 心配そうな相手に阿部は慌てて首を振る。
「昨日、中学の同窓会がありましてね。久しぶりに酔いました」
「まぁ」
「いやぁ、顔を出したのも久しぶりだったので囲まれちゃって。担任の先生も来てたんですが、これまた元気でね」
「あらあら」
「たぶん七十歳は超えてるんじゃないかな。でもぜんぜん元気で酒を勧めてくるから、勢いに負けちゃって断れなくって」
「先生が元気なのはよいことじゃありませんか」
「ははっ、まぁそうですね。まぁ、あの先生が病気で寝込むなんて姿、想像できませんから」
「あら、体育の先生かなにか?」
「いや違いますよ。ただ、俺たちが中学生だった時からやたらと健康に気を使う先生でね。毎朝、乾布摩擦だか太極拳だかをやってから学校に来るってんで有名だったんですよ」
「へぇ」
「生徒の間では、チャイニー杣木(そまき)って呼ばれてたんです」
「え? ソマキ?」
「杣木って苗字でね。で、太極拳って中国人ってイメージがあるでしょ? だからチャイニー(中国人)杣木」
「まぁ、ずいぶんと幼稚」
「中学生なんて幼稚なもんですよ。中学生や高校生なんて、所詮は子供です」
 そこで二人は笑い声をあげ、女性教諭は用事があるからと言って、重そうな資料と共に去っていった。
 その後姿に阿部はため息を吐く。

「大迫美鶴の事ですよ。あんな生徒のクラスを受け持ってしまって」

 まぁ確かに、面倒ではあるよな。
 四月に担任になって以降、数学の門浦の問題に始まり、彼女の周囲はやたらと賑やかだ。
 だが、とりあえず阿部が責めを受けるような事態には発展していない。それは、事あるごとにとにかく浜島の逆鱗にだけは触れないように配慮をしてきたからだ。
 教頭の浜島には逆らわず、隠し事はせず。
 気苦労は絶えない。だが、首は繋がっている。
「このまま、何事もなく終わってくれよ」
 祈るような言葉と共に窓の外を見た。
 どんよりと重い雲だ。そして、とても冷える朝だ。





 (ゆら)は空を見上げて息を吐いた。灰色の重い雲。天気予報で、場合によっては初雪が降るかもと言っていた。
 もうすぐクリスマスだもんね。
 マフラーで口元を多い、歩き出す。月曜の朝。サラリーマンが追い抜いていく。
「クリスマス」
 周囲に聞こえぬようそっと囁く。
 山脇先輩、クリスマスはどうするんだろう? やっぱり王子様だもん。パーティーとかってのがあるのかな?
 一緒には過ごせないんだろうなぁ。
 白い息を吐く。日に日に緩の胸の内で存在を大きくしていく瑠駆真。これを恋と呼ばずに何と呼ぼう。
 好き、になっちゃったんだよね。
 自問し、自答する。
 好きになっちゃったんだよ。
 頬が赤くなったようだ。慌ててマフラーで隠してみる。
 山脇先輩は、大迫美鶴の事が好きなんだよね?
 で、でも、大迫美鶴は山脇先輩の事、好きでもなんでもないみたいだし。
 そうだよ。まったく望み無しってワケじゃないよ。
 でも山脇先輩は、きっとこっちの気持ちになんて気付いていないんだろうし。
 そうかな? 案外脈ありかもよ。だって私は、二度も助けてもらったんだから。何とも想ってない人間を、助けたりする?
 緩はそこで立ち止まった。OLらしき女性が邪魔そうに追い抜いていく。
 うん。それはそう思う。でも、確信は持てない。
 山脇先輩、私の事をどう思ってるんだろう? やっぱり少しは気にしてくれているんだろうか?
 聞いてみたい。
 そしてできれば、この胸の内を聞いてもらいたい。そして受け入れてもらいたい。
 そんな恋する乙女にとってクリスマスとは絶好の機会なのだが、緩はあまり期待はしていない。瑠駆真は何より学校中の人気者だ。イブを一緒に過ごすなど、まず無理だろう。何より二十四日は緩にも予定がある。半年も前から楽しみにしていたのだ。これまた緩にとっては一大イベント。
 そもそも、クリスマスを恋の駆け引きに利用するなんて、定番過ぎるわ。
 言い聞かせる。
 先輩の心を捉えるなら、むしろ意外なチャンスとかを狙わないと。そうでないと、先輩みたいな競争率の激しい人には、印象を与える事すらできない。
 意外なチャンスとは何なのか、具体的な妙案は思い浮かばない。だが緩は、その焦りを妄想で補ってゆく。
 もしイブの夜を一緒に過ごせるとしたら、どんなイブになるんだろう? 待ち合わせは? 食事は? プレゼントは何がいいだろう?
 ここ数日あれこれと考え、楽しんでいる。仮想の世界。幻想の楽園。







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